屋根の上に昇り、二人は何をするでもなく月を見ていた。
 月の加減は、満月に少し足りない位。
 それを見て、明日は満月かな。とトリスはぼんやり思った。
 さっきからリューグは黙ったままで、トリスは居心地の悪さを感じながら一人で喋っていた。
 趣味の話やアメルの事。明日の天気や仲間の何気ない癖の事。
 黒の旅団の動向やそれに対する予測から、ふとネスティの事を口に出した時、リューグの表情がつと変わった。
 それに気付かず話続けるトリスに、リューグは向き直る。
「……トリス」
「ん?」
 振り向けば、リューグがこちらを見つめていた。
 よく分からないが、不穏な空気を感じた。が、彼の眼力に阻まれて身動きが取れない。
 そんな彼女にリューグが近寄ってくる。
 やがて、痛いほどの力で抱きしめられ、トリスは悲鳴を上げた。
「やめて、リューグ!」
 本能的な恐怖に硬く眼を閉じた。
 と、不意にリューグの体がびくりと動き、抱きしめる力が弱まった。
 おそるおそる眼を開けてみたトリスは、彼が石になっているのを発見した。
「トリス、大丈夫ですか?」
「おねえちゃん……」
 傍らから聞こえた声に、そちらを向けば気ぜわしげなアメルとハサハが屋根の縁から上半身を覗かせていた。
「トリスの悲鳴が聞こえたから急いでハサハちゃんと来てみたんですけど……」
 そこでアメルはちょっと苦笑した。
「笑わないでよぉ。ほ、ホントに怖かったんだから」
 震える声で訴えれば、アメルは苦笑を優しいものに変えてトリスの頭を撫でた。
「まったく……こうなる事くらい予想してないと駄目ですよ? 無防備すぎるんですから、トリスは」
「え?」
 訳が分からないという顔のトリスに、アメルは何でもありませんと頭をふった。
「とにかく、降りましょう? ここは冷えますからね」
 それに従い大人しく下に下りたトリスだったが、ふと気がついてアメルに問うた。
「あ、り、リューグは?」
「ほっといていいですよ。明日はお仕置きですし」
 にーっこり。
 迫力ある天使の笑いにトリスが小さく「そ、そう?」と言うと、アメルは「そうです」と力強く頷き、家の中に入っていった。
 ハサハも家に入ろうとして、ふと後ろを向いた。
 トリスが庭に、ぼんやりと立っている。
「……おねえちゃん?」
 答えはない。
 ハサハは少しためらってから、トリスの腕をそっと引いた。
「ハサハ?」
「だいじょうぶだよ、おねえちゃん。おにいちゃんはおねえちゃんをひとりになんか、しないよ」
「あ……」
 今まさに考えていた事を当てられ、トリスは小さく声を漏らした。
「おにいちゃんはおねえちゃんのなかのひかりなの。やさしくて、おっきなひかり。まるで、おつきさまみたい」
 ハサハはトリスを見上げ、微笑した。
「おにいちゃんも同じだとハサハはおもうよ? おねえちゃんはおにいちゃんのひかりなの。きっと」
「そうだと……いいね」
「きっとそうだよ。こわいならおにいちゃんとお話すればいいの。みんなとおんなじで、たすけてくれるから、ね?」
「うん……ありがと、ハサハ」
 そしてトリスは家に入ろうとして、ふと思いつくものがあり、ハサハに問うた。
「ねぇ、ハサハ」
「?」
「ひょっとして、二人であたしとリューグの事、覗き見してた?」
「(ふるふるふるふる!)」 
 

ーNEXT−